1年1曲で見ていくボカロの歴史 ボカロとボカロPの相克【~2019】

ボカロ文化13年に渡る歴史

初音ミクの誕生から実に13年目に突入しています。人によっては時の流れの早さに驚くことでしょう。その間に非常に様々な楽曲と出来事がありました。

細かく語っていけばキリがありませんが、今回それぞれの年につき語っておきたい曲を1曲ずつ選んでそれを中心に「ボカロの歴史」語っていきたいと思います。

目次を見ていただくと分かるかとおもいますが、今回選んだ楽曲の中にはその年に発表された曲ではなく、前年に発表された曲を選んでいる年がいくつかあります。

選曲に悩みに悩んだ末、どの楽曲を語るべきかということを重視しながら特に翌年大きな飛躍をした曲に限り次の年に選出したものです。ヒット曲の数には年によってムラがありますし、近年は時間かけて再生数を伸ばすロングヒットの楽曲も多いので少し大目に見ていただけたら幸いです。

今回語っていくにあたって大きな筋となるのが、それぞれのヒット曲が生まれるにあたってどんな背景があり、そしてそのヒットで何が変わったのかということと、「ボカロ」と「ボカロP」の関係がどのように変化してきたのかということです。

基本的には事実に基づいて書いていますが、一部個人的な考えや推論を多少交えて語っています。そういった部分は筆者の個人的な主張であることに留意して読んでいただけたらありがたいです。

2007「メルト」脱キャラソン化の嚆矢 アニソン文化の中に生まれたボカロ

初音ミクが世に現れた時、彼女はアニメ-オタク文化の一亜流として受容されました。初音ミク発売以前のボカロはどちらかというとDTM(PCでの作曲編曲)ユーザー向けのものであり、かなり専門性の高い代物でした。DTM界隈では異例のヒット作となった日本初のボカロ「MEIKO」も一般層には知られることはなく、2006年には忘れ去られつつありました。

そんな中でMEIKOの製作販売元の会社「クリプトン」は2007年3月以降、MEIKOの売り上げがわずかに回復しつつあることに気づきます。きっかけは動画共有サイト「ニコニコ動画」のサービスが本格的に始まり、一般ユーザーでも動画投稿が可能になったことでした。はじまったばかりのニコニコ動画の中でも小さな界隈ではありましたが、MEIKOを使った動画が増えてきていたのでした。

それに目を付けたクリプトンは「初音ミク」の開発を進めます。ニコニコ動画の成立には大手掲示板2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が大きく関わっており、動画という性質も相まってアニメオタクの集まりやすいところでした。これを踏まえクリプトンはパッケージイラストをアニメ風に、音源元は声優にとした新商品「初音ミク」を世に送り出します。クリプトンのこの戦略は大当たりし、「初音ミク」は「MEIKO」を遥かに超える売り上げを見せました。

はじめは既存のアニソンやJ-POPのヒット曲、ネット上でネタにされていた楽曲のカバーがほとんどでしたが、次第にオリジナル曲も作られるようになりました。当初のオリジナル曲はやはりアニソン文化に影響を受けたキャラソン的なものが多く、その中でも特に評価されたものが、原点にして頂点と謳われた「みくみくにしてあげる♪」でした。

黎明期のボカロにおいてはこういったキャラソンとカバー曲、ネタ曲がその大多数を占めていましたが、この状況を大きく変えたのが「メルト」でした。「メルト」は曲調としてはアニソン系の影響を大きく受けつつも、キャラソンとは異なる一般でも通用するような恋愛ソングでした。

「メルト」の歴史的意義はいくつかあります。1つは「初音ミク」というキャラクターとは結び付きの薄い歌詞は人が歌っても抵抗感が少なく、実際に多くの人がこの曲を歌い出して、いわゆる「歌ってみた」文化が隆盛する大きなきっかけとなったことです。「歌ってみた」はこれ以前にもジャンルとして存在しなかったわけではありませんが、J-POPやアニソンを歌うことは権利上の問題もあり限定的なジャンルでした。この「メルト」をきっかけに同じニコニコ動画内の作品であるボカロ曲を歌うことが歌ってみたの主流となったことで「歌ってみた」は一大ジャンルへと成長していきました。「メルト」投稿から数日で本家動画と多数の歌ってみた動画がニコニコ動画のランキング上位を席巻したことは「メルトショック」と呼ばれました。

また「初音ミク」というキャラクターから一歩引いた歌詞はその後のオリジナル曲の自由度を格段に広げることになります。これまではキャラソンでなければあまり受け入れられないという風潮があり、それが1つの縛りとなっていました。「メルト」によって初期のキャラクター中心の文化から脱していなければその後ボカロ文化が大きく成長することはなかっただろうともいわれています。

その一方でこのオリジナル曲の自由度が高くなったことは「それはボカロでやる必要があるのか」という疑念を生み続けることになります。ボカロがヒットした要因として「初音ミク」というキャラクターが大きな役割を果たしたことは疑いようのないことです。しかしながら曲の世界観が次第にそれらボカロのキャラクターから乖離していくことはボカロであることの必然性を大きく損なうものでした。これは「ボカロ曲」とそれを歌う歌ってみたの投稿者「歌い手」との間の問題でもありますし、なにより曲を作る制作者「ボカロP」と「ボカロ」のキャラクターとの間の問題でした。

ボカロの歴史とは今にまで続く「ボカロとボカロPの相克の歴史」といっても過言ではありません。

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2008「初音ミクの消失」逆説的なキャラソン キャラクターか楽器か

その一方で「メルト」以後すぐにキャラソンではないオリジナル曲がボカロ界隈の大勢を占めたわけではありませんでした。むしろ2008年が終わるまでの間はそれ以外のキャラソン、カバー曲、ネタ曲がまだまだ根強くあり、「メルト」以降も「恋は戦争」「ワールドイズマイン」「ブラック★ロックシューター」「初めての恋が終わるとき」とオリジナル曲で大ヒットを連発するボカロP、ryoさんが特別視されるくらいでした。

リスナー側からしてもこの時点では曲の世界観が完全にボカロから離れたわけではなくボカロが本来とは異なった世界観を”演じている”という捉え方が多かったのではないかと思います。それを象徴するのが悪ノPの「悪ノ召使」等に代表される初期の物語曲ではないかと思います。ryoさんの作品で恋愛ソングとは異なる作品の「ブラック★ロックシューター」も物語性や深い世界観を感じさせるものでした。

そんな中でも際立った存在だったのが「初音ミクの消失」でした。物語性を感じさせるものの別の世界観を演じるのではなく、「初音ミク」自身を描いたキャラソンの系譜でもあり、なおかつそういったキャラソンのアンチテーゼであるという異色作でした。タイトルは人気アニメ「ハルヒシリーズ」から取ったパロだったわけですが、だといってもボカロ人気が高まってきている中で「初音ミクの消失」というタイトルの衝撃は相当なものがありました。曲調も度肝を抜く早口のパートに加え、早いテンポとリズムの詰まった演奏難易度の非常に高い編曲であり、アニソンというよりも音ゲーや凝ったDTMの流れを汲んだような楽曲でした。

「初音ミクの消失」は発表当時のインパクトもすごかったですが、その後も長く多くの人に聞き続けられました。それはこの曲がある種のボカロの宿命を問い続けているからではないかと思います。

作者のcosMoさんはこれに加え関連する楽曲を多く制作し、やがて「消失」ストーリーと括られる楽曲シリーズになっていきます。このシリーズで問われていることはいくつかありますが、その筋を要約すると「初音ミクは忘れ去られるか、個性を失った楽器として生きながらえるか、それとも歌姫として輝き続けるのか」そのいずれかになるのかをマルチエンディングのような形で描いています。

「消失」ストーリーでは自我のある初音ミクを描いており複雑な物語を展開していますが、その世界観と歌詞はボカロの在り方やボカロとボカロPの関係性について鋭い指摘と推察を提示しています。その代表曲である「初音ミクの消失」は消失というインパクトのあるキーワードでもってボカロキャラクターの扱いについて問いかけ続けています。

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2009「裏表ラバーズ」ボカロっぽさの源流 「らしさ」の在り場所

2008年後半から2009年前半にかけてボカロ独自の文化が発展していきました。キャラソンではないオリジナル曲が次第に投稿作品の主流となっていくことに加え、「初音ミク」以外のボカロの活躍が目立つようになります。2008年の夏に有名歌手GACKTを音源元にした「がくっぽいど」の発売が大きな注目を浴び、2008年秋には初音ミクのヒット曲が少なかったのに対し「鏡音リン」「鏡音レン」の楽曲が数多くヒットし、2008年12月には長く鏡音最大のヒット曲となる「炉心融解」が投稿されました。

その中でも特に大きな話題となったのが「巡音ルカ」でした。「初音ミク」「鏡音リン・レン」の販売元として知られるクリプトンが1年ぶりに出す新音源「巡音ルカ」は、ボカロ人気が高まる中での発売となり、発売前から大きな注目を浴びました。その結果発売直後から多くの曲が投稿され、その盛り上がりからこの状況は「ルカ祭り」といわれるようになりました。

その一方でこの頃になるとキャラソンやカバー曲はかなり減ってきていました。カバー曲は権利上の問題で有名になった作品が削除されたなどの事情もありましたが、確実に需要がキャラソンやカバー曲からオリジナリティの高い楽曲へと移ってきていました。「ルカ祭り」では発売直後ということもあり、それなりにキャラソンの投稿もありましたが、初音ミク発売後や鏡音リン・レンの発売後に比べると明らかにキャラソンの比率が減っていました。

その中で模索されたのが「ボカロっぽい表現」でした。これまで述べてきたようにオリジナル曲ではボカロのキャラクター性が薄まり、「ボカロが歌わなくてもいいのではないか」という疑念が渦巻いていました。その中で求められるようになったのがキャラクター色は薄まっても「ボカロっぽい」曲であればボカロである意義があるという観念でした。

これは当時明確に言語化されていたわけではありませんでしたが、当時の作品を振り返ってみると、この出口を求めて様々な模索がされていたことが見て取れます。その為か2009年の楽曲は他の年と比べても非常にバラエティ豊かで、挑戦的、実験的な楽曲が多く投稿されました。また、この頃作曲編曲以外にも多くのクリエイターがボカロ界隈に引き付けられ、それまで1枚絵が多かったボカロ動画が映像的にも様々な模索が図られることになりました。

そんな模索の時代に1つの答えを出し、その後のボカロ界を大きく変えたきっかけとなったのが「裏表ラバーズ」であり、その作者wowakaさんでした。

ボカロが人と異なる大きな特徴は、ボカロは「ソフトウェア」であり「機械音声」であるということでした。「ソフトウェア」「機械音声」が歌うという技術的な驚きもボカロが受け入れられることになった大きな要因の1つでしたが、この驚きは発売から時間が経ち、ボカロの声が定着すればするほど薄れゆくものでした。

その中でボカロにさらなる飛躍をもたらしたのが、「機械音声」は人間が苦手とする高音や早口を比較的容易に正確に表現でき、それがボカロの大きな特徴になりうるということでした。「裏表ラバーズ」をはじめとするwowaka作品はそのことを多くの人に気づかせました。

とはいえ高音と早口のアプローチは決して「裏表ラバーズ」が最初ではなく、ここまで紹介した「メルト」や「初音ミクの消失」でも活用されており、初期からそれなりに注目されていたボカロの特色でした。つまり「裏表ラバーズ」によって示された「ボカロっぽい」曲の条件はそれだけではありませんでした。

最も重要だったのは高音と早口という要素をバンドサウンドという曲調の中で展開したことではないかと思います。同時期にアニメ「けいおん!」がヒットしアニメオタク界にバンドブームが到来していたこともバンドサウンドがニコニコ動画で受け入れられやすかった要因としてあったと思いますが、それ以上にバンドサウンドはニコニコ動画ユーザーである若年層に刺さりやすく、また部活動やサークル等のバンド経験者がボカロ界隈に興味を持つことを促進したのではないかと思います。

オリジナル曲の需要が多くなればそれだけ作り手の数が求められます。ボカロから作曲に興味を持った人が大勢出てくるにはまだまだ時間的に厳しく、DTM界隈よりも人口の多いバンド界隈がボカロ界隈に流入したことは作り手の数を充実させることに大きな貢献をしました。

さらに「裏表ラバーズ」は歌詞や動画の面でも大きな影響を与えました。「裏表ラバーズ」の歌詞は具体的な内容には乏しく、印象的な言葉の羅列に近いものでした。これまでのオリジナル曲は多かれ少なかれ物語的な要素を持ち、ボカロのキャラクターがそれを演じているという印象を保ち続けていました。また「裏表ラバーズ」をはじめとするwowaka作品はボカロキャラクターの出ないモノクロで平面図形的な一枚絵の動画で、ボカロキャラクターをメインにした映像作品が出てきていた中でその真逆を行くものでした。

この特徴は曲の面で「ボカロっぽさ」が確立されるのとは対照的に、歌詞や世界観の面ではますますボカロから乖離することを助長しました。しかしそれがボカロのキャラクター文化にはさほど興味のない一般層を取り込ことに貢献しました。

また一方、この頃からボカロ文化のアニメ文化からの乖離も強まり、アニメ文化がまだまだ中心的だったニコニコ動画の中で、ボカロ文化は次第に孤立的なジャンルを形成し始めます。(とはいってもこの頃からニコニコ動画全体でジャンルごとの住みわけが進み、ニコニコ動画全体で1つの文化という意識は薄れつつありました)

同時期に発表された曲で「裏表ラバーズ」とは異なる形の答えを出したのが「パラジクロロベンゼン」ではないかと思います。

「パラジクロロベンゼン」は「裏表ラバーズ」同様物語的な要素は薄めつつも、逆に内容はより具体的になり内省的な世界観を描き出します。ボカロキャラクターを使った映像でありながらも印象的な歌詞表示に取り組み、また手書きアニメとは異なる3D映像という映像の高度化というのも「裏表ラバーズ」の平面図形的な1枚絵とはどこか似た要素を感じさせながらも真逆を行っています。

曲調もバンドサウンドの「裏表ラバーズ」に対し、「パラジクロロベンゼン」は独特な曲調となっており、作者のオワタPさんも曲のジャンルは「ベンゼン」であるといったような発言もしています。余談ですがwowakaとオワタPって名前も似ていますね。こういう偶然個人的に大好きです。テンポもハイテンポな「裏表ラバーズ」に対し「パラジクロロベンゼン」は若干のローテンポ、しかしながら「パラジクロロベンゼン」も少し早口なところがある等、互いに対照的でありつつも似通った部分がある不思議な縁を感じます。

「裏表ラバーズ」がその後の大きな模範になったのに対し「パラジクロロベンゼン」がそうはならなかったのはやはり独特過ぎたのだと思います。前述したとおり「裏表ラバーズ」が取り入れた”バンドサウンド”がもたらした効果は多くあります。それに対し「パラジクロロベンゼン」は非常に高いオリジナリティを見せたわけですが、これほど挑戦的かつ魅力的な曲はそうそう作れるものではなく、またこの影響によって、もしボカロ界隈で実験的な音楽が主流になっていたら、実際のように一般層が多く寄り付くこともなかったのではないかと思います。

しかしながら「パラジクロロベンゼン」の内省的な歌詞と世界観は、その後類似作品が多く出てきます。Neruさんのようにその多くが「裏表ラバーズ」以降のバンドサウンドの作品で曲調としては大きくかけ離れていますが、全くその後に影響がなかった訳でもないのかもしれません。

さて、ここまで話してきたように「裏表ラバーズ」さらにはこの後に発表された「ローリンガール」「ワールズエンド・ダンスホール」といったwowaka作品がその後のボカロ界隈に大きな影響を与え「ボカロっぽい」曲の源流となるわけですが、その一方でwowakaさん自身は自分の曲が「ボカロっぽい」曲として消費されることに違和感を覚えていたようです。その後の発言やインタビューからこれらの楽曲ははじめから「ボカロっぽさ」を意識していたものではなく、あくまで自分なりの表現をしていたにすぎないのという趣旨の発言を何度かされていました。当時「wowaka節」という表現もあり、wowakaさんらしさを評する声も決してなかったわけではありませんが、それ以上に広がる「ボカロっぽい」曲としての評価に辟易していた部分があったようです。

wowakaさんはその後自身がボーカルを務めるバンド「ヒトリエ」を結成しますが、その背景にはこういった事情もあったようです。実際「ヒトリエ」結成直後はボカロやニコニコ動画とは若干距離を取った活動をしており、wowakaファンであってもヒトリエの活動になかなか気づけなった人も多かったようです。

その後2017年に「アンノウン・マザーグース」で久々にボカロ曲を投稿した際には、その想いを描きwowakaさんの中でこの問題は解決に至ったようですが、この事例は「ボカロ」と「ボカロP」の関係を考える上で興味深いものだと思います。

楽曲の「らしさ」とはどこにあるべきなのでしょう。

初音ミク オリジナル曲 「裏表ラバーズ」 - ニコニコ動画
初音ミク オリジナル曲 「裏表ラバーズ」 ■wowakaです。 mylist/12484677 Web  Twitter 
2010「マトリョシカ」ボカロ文化が花開いた時代の踊りと狂気の祭り

2010年はボカロの歴史の中でも非常に象徴的な年であり、最盛期といわれる2012年よりもボカロ文化の最も華やかな年として記憶されている人も少なくないのではないかと思います。

そういった印象に繋がることになったと思われるのが、2009年後半から人気が出はじめたwowaka、DECO*27、ハチの3人が立て続けに「ワールズエンド・ダンスホール」「モザイクロール」「マトリョシカ」という大ヒット曲を出したことでした。この三人は並び称され「三大P」と呼ばれることもあります。

wowakaさんは前述の通り、曲調の面からボカロ界隈に大きな影響を与え、人によってはボカロの歴史において最大の偉人だとするいう声もありますが、他の二人もボカロ界隈が生み出した巨人となりました。

DECO*27さんは一度ボカロから離れ、wowakaさんやハチさんよりも先んじて一般層向けの活動を始めますが、その後ボカロ界隈に戻りそこからはボカロ曲を主軸に活動しています。前述のryoさんがsupercellというグループを結成しアニソン界で大きな足跡を築いたことを大きな皮切りに、ボカロ界隈でヒットしたボカロPの多くが活動の幅を広げボカロでの活動を縮小していくこととなりました。ちなみに、kzさんがlivetuneというグループでsupercellよりも早くメジャーシーンに進出しています。

そんな中で長い間ボカロを主軸に活動し、人気が衰えることなくヒット曲を出し続けるボカロPはDECO*27さんを置いて他におらず、他に移らずボカロを主軸にしつつも次第にヒットに恵まれなくなる人も多い中で驚異的な実績を残し続けています。正直当時から見てる身からするとwowakaさんやハチさんよりも先に一般向けの活動をはじめ、有名声優や中川翔子、柴咲コウといった面々とコラボをしていたDECO*27さんが、舞い戻ってボカロ界の最重鎮となるとはちょっと予想外でした。

この年を語る1曲を選ぶのにDECO*27さんの「モザイクロール」とハチさんの「マトリョシカ」で結構悩んだのですが、当時の「マトリョシカ」の人気のすさまじさに加え、長くボカロ界で大ヒットを出し続けるDECO*27さんは他に選出する年がいっぱいあるだろうと思い(その結果、選出が2019年の「乙女解剖」まで伸びてしまいました)ここでは「マトリョシカ」を選ばせていただきました。もちろん再生数的には2010年に投稿された曲で最も伸びた曲であり、内容的にもこの時代の空気感を示すには「マトリョシカ」の方が適当だろうということもあります。

さてこの「マトリョシカ」の作者であるハチさんですが、今やボカロ出身アーティスト、ニコ動出身アーティストという枠を超え、邦楽全体を制覇してしまった皆さんご存じ「米津玄師」のことです。ボカロPとしてはハチと名乗っています。そんなハチさんが米津玄師としてシンガーソングライターデビューする前のボカロP時代最大のヒット曲がこの「マトリョシカ」になります。

おそらく「マトリョシカ」は今回選出した曲以外にも、数あるボカロのヒット作の中でも特に「よくわからない」曲だと思います。ハチさんの投稿者コメントも「馬鹿っぽくて、どんちゃんしたのを作りました」と書かれています。前述した「パラジクロロベンゼン」を独特な曲としましたが、こちらは歌詞や世界観はかなり整っており、「マトリョシカ」の独特さはそれを上回るものがあります。

元々ハチさんの作風は「マトリョシカ」以前から独特なものとして評価されており、それが人気の理由でもありました。余談ですが、メジャーデビューしてもその独特な作風からマニア人気は高くてもそう大成しないだろうという声が米津玄師として活動をはじめた当初は結構ありました。それが今やJ-POPの怪物ですよ!「マトリョシカ」をはじめ2010年はまだまだwowakaさんにはじまる「ボカロっぽい」曲は受容期であり、2009年の余波を受け実験的な風潮が残っていました。

といっても「マトリョシカ」にもwowaka作品の影響を受けたような部分が見受けられます。抽象的で印象的な言葉を羅列した歌詞は特に大きな共通点です。ハチさん自身もwowakaさんの影響が少なからずあるといった趣旨の発言をしています。

あと「マトリョシカ」がこの時代を象徴する要素を言葉にすると「祭り」ではないかと思います。先ほどのハチさんの投稿者コメントと合わせて「馬鹿騒ぎ」と表現してもいいかもしれません。それはこの曲の曲調や歌詞に関してでもありますが、この年の次第に盛り上がっていくボカロ界隈の空気感を象徴するものだと思います。

歌詞の中で象徴的な内容としてはサビ入りで「踊る」要素が出てくることです。これはwowakaさんの「ワールズエンド・ダンスホール」でも同じなのが興味深いです。「マトリョシカ」では「あのね もっといっぱい舞って頂戴」と「舞って」という言葉が出てきて、「ワールズエンド・ダンスホール」の「ホップ・ステップで踊ろうか」もっとはっきりと踊っています。

また他の記事でハチ/米津玄師の世界観について語ろうと思うのですが、この時期のハチさんのテーマには、同時期に作られた「病棟305号室」「パンダヒーロー」という作品と合わせて「狂気」というのがあると私は考えています。これらを踏まえると後述する「脳漿炸裂ガール」のサビ入りで「さあ(さあ)狂ったように踊りましょう」と歌うのは中々興味深いなと思います。どこか終末感や退廃感があるのもどこか似通っているんですよねこの3曲。

【オリジナル曲PV】マトリョシカ【初音ミク・GUMI】 - ニコニコ動画
【オリジナル曲PV】マトリョシカ【初音ミク・GUMI】 どうも、ハチです。馬鹿っぽくて、どんちゃんしたのを作りました。オケ上げました。→
2011「千本桜」ボカロが打ち立てた金字塔 その歌は誰のものか

この年以降の数年間、ボカロのヒット曲はwowaka作品の影響を受けたと思われるバンドサンドに作者独自の新しい要素を加えたものが大勢を占めるようになります。新たな要素を加えることで作者ごとの特色で塗り替えながら時間をかけて少しずつ変わってくるわけですが、そのほとんどがwowaka系のハイテンポなバンドサウンドになって来た為、この頃から「似たような作品ばかりになった」といわれるようになります。

元々黎明期のボカロは音楽的には全く新しいものだった為、アニソンや音ゲー、J-POPからマイナーバンド、実験的なDTM作品等様々なジャンルの影響を受けており、非常に多様な音楽が作られていました。それがこの頃にはボカロ文化自体が1つの音楽ジャンルとして成立し、バンドサウンド中心の「ボカロっぽい」曲が確立されました。

まとまった曲調を生み出したボカロ界隈は非常に強い志向性を持って躍進すると同時に、画一的になり多様性を楽しんでいた人たちからは倦厭されだしました。

とはいえ2011年の時点ではこの「ボカロっぽさ」はまだまだ新鮮さを保っており、その流れの中でボカロ界隈最大のヒット曲が生まれます。それが「千本桜」です。

2011年9月に投稿された黒うさPの作品である「千本桜」ですが、ボカロという枠を超え一般層にまで普及した稀有なボカロ曲となりました。ボカロと縁のない人でも、CM等の異なる媒体で聞いたことがある人も多いと思います。

「千本桜」は個人的には「永遠の華やかさ」とか「散り去ってしまうことのない桜」ということを象徴していると捉えています。それ以前にJ-POP等でよく知られた桜ソングといえば卒業や別れなどをテーマにして、「儚さ」を散って消えてしまう桜のイメージに寄せて表現するものが多かったのですが、「千本桜」はそんな「儚さ」の要素はほとんどなく、戦前日本の最盛期ともいえる「大正時代」を描いていることも合わさって、最盛期を迎えたボカロ界隈の繁栄を象徴するように「満開の千本もの桜の華やかさ」の面が強調されているように感じます。動画も淡いピンクではなく、黄金色に輝く花弁が動画中ずっと舞い続けており、何度も繰り返し再生すればまさしくそれは「永遠に散り去ってしまうことのない桜」に変貌します。

とはいえ大正時代がその後戦争の時代に突入し、戦前の大日本帝国が崩壊に向かったことや、ボカロ界隈が最盛期の後「衰退」といわれたような時代になっていったことまで含めて考えるとやっぱり桜の「儚さ」を併せ持っていた曲なのかなとも思います。まあ何事も時間の経過とともに移り変わり、本当の意味での「永遠」というのはないわけであって、「永遠」というものはえてして「一瞬」のことにすぎないわけですね。
と、ここまで個人的な「千本桜」の解釈、感想でした。

「千本桜」は歌ってみたではもちろんのこと、メジャーなアーティストにも多くカバーされた曲となりました。その中でも特に物議を醸したのがAKB48によるカバーでした。厳密には2013年に千本桜がミュージカル化された際にAKBメンバーが多く出演し、その中で1部メンバーが歌ったようです。このこと自体にも疑問の声があったようですが、特に大きな話題となったのは「千本桜はAKBの歌」というツイートが炎上したことでした。このツイートはまとめサイトのアクセス数を稼ぐ為のものだったとも見られ、この騒動も一時的なものに収まりましたが、「その歌は誰のものなのか?」というのはボカロ曲が背負い続ける問題であり、特に有名になった「千本桜」はその問題を問われることがより多くありました。

YouTubeで千本桜と検索すると、和楽器バンドというアーティストによるカバー動画が1億再生を超える人気を博しており、こちらはそう大きな騒動になったことはないものの和楽器バンドのオリジナル曲と勘違いしている人は少なからずいるのではないかと思います。NHK紅白歌合戦で小林幸子さんが歌ったこともあり、特に高齢の方だと小林幸子の曲だと思った方も多いかもしれません。

和楽器バンドや小林幸子がそこまで荒れないことは前述のツイートのような火種がなかったからですが、根本的な問題としてアニメオタクの潮流にあったボカロとアイドルオタク文化の延長であるAKB系列の間のファン層の違いもあったと思います。アニメとアイドルはオタク文化の二大潮流ではありますが、水と油のように交じり合わない面があります。「ボカロ」と「歌ってみた」においてもいえることですが、近縁的な文化が非常に対立的な関係性を持つことがしばしば見られます。

「その歌は誰のものなのか?」というのは、前述した「初音ミクの消失」を含む「消失」ストーリーと呼ばれるシリーズの1つ「初音ミクの戸惑」に出てくる歌詞です。この曲で問われているのは、ボカロ曲本家とカバー曲の間の問題だけでなく、曲を作った「ボカロP」と歌う「ボカロ」の間の問題でもあります。「千本桜」は作者黒うさPにとっても異例の大ヒットとなったこともあり、「初音ミクの千本桜」という捉えられ方を前に、作者の影があまりにも埋もれすぎているようにも思えます。

この年は前述の三大Pのボカロを使った活動が収まり、先行したDECO*27さんの後を追うように翌年にはハチさんが米津玄師として、wowakaさんがヒトリエとして活動をはじめることとなりました。ここから数年間は三大Pも含めボカロ以外の活動をはじめたボカロPでもボカロ曲の方がウケがいいという状況が続きます。デビュー作から成功しアニソン界で確かな地位を気づいたsupercellが例外的な存在だったくらいです。このあたりではまだまだボカロ曲はボカロのキャラクターと深く結びつき、ボカロであるということのアイデンティティが根強くありました。その為、ボカロから離れた活動をボカロPが活躍するにはまだまだ厳しい状況でした。

しかし「ボカロ」が歌うことの必然性と「ボカロP」のオリジナリティ、「ボカロとボカロPの相克」はこの頃から大きく深まり、年を経ていくごとに「その歌は誰のものなのか?」という問いの重みが増していっているように感じます。

その中でも「ボカロ」のキャラクターの扱いについて大きな変化をもたらしたのが「カゲロウプロジェクト」、通称「カゲプロ」でした。翌年から本格展開し「千本桜」と並んでボカロ最盛期の代名詞となった「カゲプロ」について、次に見ていきましょう。

『初音ミク』千本桜『オリジナル曲PV』 - ニコニコ動画
『初音ミク』千本桜『オリジナル曲PV』 「上弦の月」~音楽劇千本桜より~ 投稿しました→sm21360174★★★★★★★★★★2/11 一千万再生有難う御座いま...
2012「チルドレンレコード」最盛期とカゲプロ メディアミックスの光と影

「カゲロウプロジェクト」、通称「カゲプロ」はじん(自然の敵P)さんの作った楽曲のシリーズ、及び同時に展開された小説、漫画、アニメに渡るメディアミックス群のことを指します。ボカロ文化の最盛期といわれる2012年前後は、ニコニコ動画やアニメ文化という枠を超えて、様々な方面から注目され、一般向けに流通するCDだけでなく多様なメディアミックスが行われました。特に小説化が盛んで「ボカロ小説」というジャンルが成立した程でした。そういった中で「カゲプロ」は特に大きくメディアミックスを展開しました。

「カゲプロ」の名称はじんさんの出世作となった「カゲロウデイズ」という曲に由来し、この曲は「千本桜」に約2週間遅れの投稿でほぼ同時期の作品でした。この「カゲロウデイズ」の頃からボカロのキャラクター色の薄い物語を展開していましたが、2011年末に発売された「IA -ARIA ON THE PLANETES-」(以下「IA」)というボカロの販売会社と提携することで急速なメディアミックスをすることになっていきました。

この頃にはボカロ文化の盛り上がりに伴い多くの企業が様々なボカロの音源を発売するようになっていましたが、数が多くなり次第に発売しただけではあまり注目されず埋もれていくことが多くなってきていました。「IA」の販売元「1st PLACE」は「IA」を販売するにあたって、デモソングを当時波に乗り始めていた新鋭のボカロPに依頼し、発売前に投稿してもらうことで宣伝に活用しました。この時の「IA」のデモソングの1つが「カゲロウデイズ」の次作となった「ヘッドフォンアクター」であり、「IA」にとって最初のヒット曲となりました。

このヒットを受けて「1st PLACE」はじんさんとの提携を加速させ、2012年3月新曲「コノハの世界事情」の公開と同時に「カゲロウプロジェクト」が発足しました。「カゲプロ」はヒット曲を連発し、楽曲面では大成功となりました。非常にうまくいっていたからか、当時じんさんの存在自体が「1st PLACE」の用意したプロのクリエイター集団といった噂も流れましたが、現在までの情報から考えますにじんさんと「1st PLACE」の接点はおそらく「ヘッドフォンアクター」からだと思われます。

「カゲプロ」が大きな成功をした理由としては、「1st PLACE」と組んでメディアミックスを展開することで、大きな話題を作ったことだけではなく、じんさんの作風自体が当時のボカロの流行を汲むものであったことや、物語という創作形式自体が持つ力強さ等いくつかの要素が合わさった結果だと思われます。曲が短期間でコンスタントに発表され続けたことも大きかったでしょう。

2012年はボカロ文化の最盛期ということもあり「カゲプロ」の曲だけでなく、多くの楽曲、多くのボカロPがブレイクしました。なのでこの年を代表する曲を選ぶのになかなか苦慮しました。「カゲプロ」の代名詞となったのは前述の「カゲロウデイズ」でしたが、昨年の曲であり、内容としても「カゲプロ」全体を表すものとしては微妙だった為、今回選びませんでした。

この年に発表された曲で一番再生数が伸びた曲は、2020年現在においては「カゲプロ」ではなかったのですが、この年が終わった時点で最も伸びていたのは「カゲプロ」のオープニング主題歌と位置付けられた「チルドレンレコード」でした。

「チルドレンレコード」はオープニングと位置付けられていることもあり「カゲプロ」全体を包括した内容になっている上、「カゲプロ」曲を特徴づけるデジタルポップの要素を取り入れた激しい高速バンドサウンドの曲調が確立されたのもこの曲ではないかと思います。ただしカゲプロは物語を展開する関係上、話の内容によって大きく異なる曲調の楽曲もいくつかありました。複雑な物語を展開した「カゲプロ」ですが、「チルドレンレコード」のサビ冒頭の「少年少女前を向く」という言葉は、「カゲプロ」の物語の根幹を最も簡潔に表現したものだと思います。

2014年のアニメ化を以てブームとしての「カゲプロ」は幕を閉じ、そのあと動きが極端に少なくなったこともあり「カゲプロ」人気は一気に萎んでいきました。ボカロのキャラクターとは異なるオリジナルキャラクターを使った物語を展開したことで、ボカロの枠には収まらない世界観を表現した「カゲプロ」ですが、そのことでボカロ文化からは逸脱し、「カゲプロ」を嫌うボカロリスナーも少なからずいました。

2012年を最盛期に翌年以降、「衰退」とも言われた低迷期に入るボカロ文化ですが、人によっては「カゲプロ」が「衰退」をもたらしたという人もいます。これは半分その通りであり、半分その通りではないと個人的には考えています。「カゲプロ」はwowaka以降のバンドサンドの流れを汲み、この頃のボカロ界隈はハイテンポのバンドサンドに溢れ、「カゲプロ」はその代表格でした。一方で、「カゲプロ」のじんさんはあくまでその代表格に過ぎないのであって、これは当時のボカロ界隈の全体的な潮流であり、「カゲプロ」が無かったとしてもそれは変わらなかったでしょう。

「カゲプロ」によって企業が深く関わるメディアミックス等、お金とは関わり薄く自由にやってきたボカロ界隈にお金の匂いが漂い始め、本来の自由さが失われたという声もあります。「カゲプロ」がなかったもしもの歴史を完全に想像することはできません。

「カゲプロ」が間接的に創作者やリスナーにどんな影響を与え、それが「衰退」にどうつながっていったのかを理解するのは難しく、全く影響がなかったともいいきれません。しかしながら、作風が画一的になっていったことは「カゲプロ」以前からはじまっていたことであり、「カゲプロ」とは直接関係ない形で2012年中には、新曲の再生数に数値的な変化が見られた等、「カゲプロ」だけがボカロ界隈に「衰退」をもたらしたというのは乱暴な意見ではないかと思います。

もし「カゲプロ」がなくとも、ボカロ文化が「衰退」を迎えていたのなら、むしろ「カゲプロ」は最盛期をより大きく印象づける要素の1つであり、2016年以降再び多くのヒット作が生まれてくる「復活」を支えた側面もあるのかもしれません。

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2013「脳漿炸裂ガール」非難されつつも絶えないメディアミックスの在り方

2013年はボカロ文化最盛期の余波を残しつつ、低迷期の陰が見えてきた時期になります。ここから数年間のキーワードとして「ロングヒット」が上げられるかと思います。それまでのボカロ界隈では、発表されてすぐに大きく再生数を稼ぎ、最初の勢いでその後の伸びもだいたい決まってしまうということが一般的でした。しかし、この頃から初動の再生数とは乖離した形で、長くヒットし続けることで、大ヒットにつながる「ロングヒット」型の曲が多く生まれるようになります。

その第一段階となったのが「六兆年と一夜物語」「脳漿炸裂ガール」「ロストワンの号哭」「ドーナツホール」の2012年から2013年に発表されたヒット曲が、長くランキング上位に位置し、より大きなヒット曲となっていったことでした。

「六兆年と一夜物語」はじんさんと同時期に大変な人気を誇り、ともに最盛期を代表するボカロPとなったkemuさんの最大のヒット曲となった2012年の曲です。kemuさんの作品は「カゲプロ」同様2014年以降再生数が急速に鈍化しましたが、「六兆年と一夜物語」だけは安定した再生数を稼ぎ続けました。

「ロストワンの号哭」はNeruさんの作品、「ドーナツホール」はハチさんの作品でともに2013年に発表され、同じように安定して「ロングヒット」した曲になりました。ハチさんが「ドーナツホール」で久々にボカロ曲を投稿した2013年秋はDECO*27さんもボカロPとしての活動を再開した時期であり、ここからDECO*27さんがボカロ界隈の最重鎮となっていく道筋がはじまりました。

れるりりさんが2012年に発表した「脳漿炸裂ガール」も前述3曲と同じように、安定して再生数を稼いだ「ロングヒット」曲です。「ドーナツホール」は、ハチさんの米津玄師との活動とも重なり少し異なる性格を持つのですが、他3曲は最盛期に流行したバンドサウンド系の流れを汲む楽曲でした。そういった意味では同じくこの時期に伸び続けていた「千本桜」も同じように見ることができるかもしれません。

2013年を見る曲とした選曲したのが、この年に発表された「ロストワンの号哭」や「ドーナツホール」ではなく、「脳漿炸裂ガール」なのはこの曲が他とは違って「カゲプロ」の要素も含んだ展開をしたからでした。「六兆年と一夜物語」も物語シリーズの要素を持ち、小説化もされましたが、こちらは「六兆年と一夜物語」だけが突出して伸びており、「カゲプロ」と比べるとまとまったメディアミックス展開はしていませんでした。なにより2013年以降はそういった方面での活動は大きく縮小しました。

「カゲプロ」の影響を受けた「プロジェクト系」と呼ばれるメディアミックスシリーズはいくつも生まれましたが、その中で最も成功したのが、2013年頃から恋愛曲を中心に展開したHoneyWorksの「告白実行委員会」というシリーズでした。プロジェクト系は歌い手や声優との絡みも多く、それが故にボカロリスナーからはしばしば倦厭されるのですが、「告白実行委員会」は他のプロジェクト系よりも歌い手や声優との絡みが多くなり、リスナー側から追い出されるような形で、ボカロ文化と乖離します。

具体的には歌い手版や声優版の楽曲はYouTubeとニコニコ動画の両方に投稿されるものの、ボカロ版はYouTubeのみになり、ボカロ文化の中心地ニコニコ動画では語られないものになっていくという形でした。ニコニコ動画はそのコメント表示の特性上、批判が集まり、荒れだすとそれが非常に分かりやすい形で可視化されてしまうのが、ニコニコ動画に投稿しなくなった大きな原因ではないかと思います。必ずしもボカロリスナーもこのシリーズを倦厭する人だけではなかったのですが、結果的に大きな禍根を残すことになってしまいました。

さて、話を戻して「脳漿炸裂ガール」なのですが、こちらも「プロジェクト系」の影響を受け、後続の関連楽曲とともに2013年からメディアミックスを大きく展開しましたが、「プロジェクト」ものとしては「カゲプロ」や「告白実行委員会」ほどのブームにはならず、そこそこの結果となりました。しかしながら、「千本桜」「六兆年と一夜物語」「ロストワンの号哭」といった「カゲプロ」じゃない最盛期の曲調による「ロングヒット」という側面と、「プロジェクト系」の起点作品という側面の2つを兼ね備えた「脳漿炸裂ガール」は特異な影響力を持ち続けました。

いくつかの試行錯誤が重ねられた結果「脳漿炸裂ガール」はさまざまな形態で受容された稀有な楽曲になりました。原曲のミク・GUMI歌唱ではないリン・ルカ版、実写PV版、リメイクver.、小林幸子のボカロ音源化に伴って投稿された本人とボカロのデュエット「脳漿炸裂バーサン」、「ボカロで覚える中学歴史」に提供された「縄文炸裂ガール」などなど。

「脳漿炸裂バーサン」は小林幸子のボカロ化と、小林幸子らしからぬ選曲の話題性も合わさって特に大きなヒットとなりました。「縄文炸裂ガール」が提供された学研の「ボカロで覚える中学/高校〇〇」シリーズは、ゲームアプリ「コンパス」と並んで、ボカロ界隈に大きく受け入れられたメディアミックスの成功例となりました。

「ボカロで覚える中学/高校〇〇」シリーズも、「コンパス」も2016年にはじまったものですが、それはつまり低迷期だった時期においても「プロジェクト系」からはじまったメディアミックスに対する批判の流れがありながらも、ボカロのメディアミックスは模索され続けていたということにもなります。その模索を体現する楽曲が「脳漿炸裂ガール」ではないかと思います。

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2014「アスノヨゾラ哨戒班」変化するボカロ界 ロングヒットの代名詞

長くボカロリスナーをしていると世代ギャップを感じることが多々あるのですが、中でも大きな世代の切れ目だと感じるのが2014年です。これ以前に聴いていた人はその多くが2013年までにボカロ界隈を離れ2014年以降の曲を全く知らない。逆に2014年前後からそれ以降に入ってきた人は、2014年までのヒット曲はかなり精通しているもののそれ以前になるとあまり分からないという傾向があるように感じることが多いです。

もちろん各個人がいつボカロを知ってどういった聞き方をしたのかは千差万別なのですが、今まで多くのボカロリスナーと交流してきた中で全体的にそのような傾向があるように思います。厳密に統計を取ったわけではないのですけども。

2013年の項でも出した「ロングヒット」というキーワードですが、前述した「千本桜」「六兆年と一夜物語」「脳漿炸裂ガール」「ロストワンの号哭」「ドーナツホール」は「ロングヒット」をする前から大ヒットと言ってもいい再生数を稼いでいた楽曲だったのですが、2014年以降公開当初はさほど大きなヒット曲ではなかったものの長く評価されることで「ロングヒット」となった曲がぽつぽつ出てきます。

2014年はその年が終わった時点では多くのボカロリスナーから「不作」の年だという声が聴かれました。それまでその年が終わるまでに100万再生を超す曲が何曲か出ていたのですが、2014年はDECO*27さんの「ストリーミングハート」が12月ギリギリに達成した1曲だけだったということで、ボカロの「衰退」も囁かれるようになりました。

しかし2014年に発表された「ウミユリ海底譚」「すろぉもぉしょん」「アスノヨゾラ哨戒班」「ヒビカセ」「ECHO」「夜明けと蛍」は翌年以降も長く再生され、数年後には年内唯一の100万再生楽曲だった「ストリーミングハート」の再生数を抜かしてしまいました。「ウミユリ海底譚」に至っては「ストリーミングハート」よりも1ヵ月ほど前に発表されたものなので、一度抜かれた再生数を抜かし返した形になります。当初「不作」と言われていた2014年は現在となっては「豊作」の年だったと言われるようになりました。

この中でも最大の「ロングヒット」を遂げた曲が「アスノヨゾラ哨戒班」です。8月に投稿された楽曲ですが、年末の時点での再生数は40万に満たず、投稿されてから1ヵ月間の再生数を比較すると先ほど挙げた2014年のヒット曲で最も少ない16万再生でした。当初のこの年最大のヒット曲だった「ストリーミングハート」が投稿から1ヵ月で47万再生を超えていたことを考えると初動にかなりの差がありました。従来であればこの差は時間の経過によってさらに開いていくはずでした。

しかし「アスノヨゾラ哨戒班」の再生数は安定しているどころか加速的に増えていき、1年間に稼いだ再生数は1年目にはギリギリ90万だったものの3年目、4年目にそれぞれ約140万を稼ぎことになりました。普通であれば1年目が一番多く再生数を稼ぎやすいものなのですが、この曲はまさに「ロングヒット」によって大ヒットした楽曲となりました。現在では、2014年に発表された楽曲で最も再生数の多い楽曲となりました。

ちなみに現在6年目になり過去最大の再生数を稼いでいますが、6周年を迎えるのに数か月前にも関わらず例年より100万再生以上多い状態であり、大規模な再生数「工作」が行われていると思われます。後述しますが2019年以降ニコニコ動画のボカロ界隈は大規模な「工作」の被害を断続的に受けています。ただ「アスノヨゾラ哨戒班」が2014年に発表された楽曲の中で一番再生数が多くなったのは、2019年の「大工作」よりも前のことでありこの被害による無茶苦茶な数値変動の為ではありません。

「アスノヨゾラ哨戒班」をはじめ2014年は、比較的多様な楽曲がヒットしました。特に「ロングヒット」となった楽曲はそれ以前のハイテンポなバンドサウンドとは異なる楽曲でした。2013年の項で「ロングヒット」として挙げた「千本桜」「六兆年と一夜物語」「脳漿炸裂ガール」「ロストワンの号哭」が最盛期のハイテンポなバンドサウンドの代表的な作品だったのですが、2014年の楽曲はそうではない曲調がじわじわと評価を上げていく形で「ロングヒット」になっていったのが特色としてあります。

大きく二つに分かれる「ロングヒット」タイプが同時期に再生数をえていたことは、全盛期を形作ったハイテンポなバンドサウンドを聞き続けたい人々と、今までとは異なる曲調を求める(場合によってはハイテンポなバンドサウンドに飽きて嫌っていた)人々とボカロリスナーの需要が並立して存在していたことを示していると思われます。

旧来のハイテンポなバンドサウンドは「ボカロっぽい」曲調として、ボカロ界隈を覆いつくしたものの、画一的になった曲調に変化を求める声が生まれたのでしょう。一方で異なる曲調を取り入れることで「ボカロっぽさ」やボカロが歌う必然性が薄れることへの恐れが渦巻いていたのではないかと思います。2014年にじわじわと評価される大ヒット曲が多く現れたのは、それまでとは違う新たな「ボカロっぽい」曲を受け入れるのに時間のかかった人が多かったからなのかもしれません。

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2015「夜明けと蛍」底の時代と壊された定石 ローテンポの大ヒット曲

前述した2014年の「ロングヒット」曲の中で「すろぉもぉしょん」は独特な立ち位置にあるのですが、それ以外の5曲はその後の曲調にも影響を与える2つの潮流の源流となりました。1つは「ECHO」と「ヒビカセ」のダンスミュージック系です。この2曲はEDMという電子系のダンスミュージックでしたが、これ以降電子系に限らず多くのダンスミュージックがボカロ界隈に取り入れられることになります。EDMが取り入れられ、受け入れられたのは音楽業界全体の流行ということもありますが、「機械」であるボカロとの親和性を感じた人も多かったのではないかと思います。

もう1つは「ウミユリ海底譚」「アスノヨゾラ哨戒班」「夜明けと蛍」の系統です。この年に発表された大ヒット曲「メリュー」「アイラ」も含みます。「ウミユリ海底譚」「夜明けと蛍」「メリュー」「アイラ」の作者であるn-buna(ナブナ)さんは「夏曲」という言葉を頻繁に使っていました。「アスノヨゾラ哨戒班」の作者であるOrangestarさんもn-bunaさんを先輩と呼び、大きな影響を受けていたようです。

2015年は例年に比べ圧倒的にヒット曲が少なく「ボカロ衰退論」の声が最も大きくなった時期でもあります。ゲーム実況者の投稿した「全く身にならないソング」や前述の「脳漿炸裂バーサン」といった特殊な作品を除くと「メリュー」と「アイラ」は貴重なヒット曲でした。この時期をn-bunaとOrangestarの時代という人もいます。ただし、これらのn-buna楽曲や「アスノヨゾラ哨戒班」人気が最高潮に達したのは翌年2016年であり、2015年の段階ではまだまだ広まっていく途上にあったともいえます。

n-bunaさんの語った「夏曲」というのは何なのかというのは、様々な解釈があると思うのですが私は「爽快感」ある楽曲という解釈をしています。全盛期を作った「ボカロっぽい」曲調、ハイテンポなバンドサウンドは多くの場合「疾走感」を感じさせるものだと思います。この「疾走感」と同じような感覚を「ボカロっぽさ」として引き継ぎながらも、少し異なり曲調の幅を広げようとしてたどり着いたのが「爽快感」のある楽曲、つまり「夏曲」だったのではないかと思います。n-bunaさんとOrangestarさんとで表現技法の違いはあったのですが、ともに目指していたのは夏に感じるような「爽快感」だったのではないかと思います。

そんな「夏曲」の1つの到達点がこの年に発表された「メリュー」ではないかと思っています。n-buna時代の先駆けとなった「ウミユリ海底譚」には少しそれまでのハイテンポなバンドサウンドを感じさせる部分が多くあり、まだ模索段階だったようにも思います。到達点であり、この年のヒット曲である「メリュー」を選出したいところだったのですが、ボカロの歴史においてより衝撃作だったのは「夜明けと蛍」だったのではないかと思い、こちらの選曲としました。

「夜明けと蛍」が特異な点はボカロの大ヒット曲としては異例のローテンポの楽曲であることだと思います。ボカロ界隈においてローテンポだったり、バラード調でのヒット曲は決してなかったわけではないのですが、大ヒット曲となるとこの曲が群を抜いて遅いテンポの楽曲であり、バンドサウンドという共通点はありましたが全盛期のハイテンポさからはかけ離れた楽曲でした。

2014年から2015年にボカロ界隈で起こったことを端的に言ってしまえば「ボカロっぽさ」の拡張が起こったということでしょう。ダンスミュージック系の取り入れでバンドサウンド以外への可能性が探られた一方で、「ボカロっぽい」曲調の「疾走感」から「爽快感」への転換が図られました。こうして一時画一的になったボカロ界隈に新たな風が吹くようになりました。

しかしながら、ハイテンポなバンドサウンドはボカロが「機械」であるが故に「早口と高音」が出しやすいというところに端緒を発した「ボカロっぽさ」でしたが、ダンスミュージックにも「爽快感」にもこうしたボカロの機能に根差した「ボカロっぽさ」とは結び付く部分は希薄でした。また、2010年代前半のフェスブームの中で「ノれる曲」としてハイテンポなバンドサウンド(KANA-BOON等に代表される「4つ打ちロック」系)が発展していたり、ボカロの影響を受けたアーティストも生まれる等、全盛期の「ボカロっぽさ」を持った人間歌唱のアーティストが多くなったことで、こういった面でもボカロが歌う必然性はさらに薄まっていきました。「夏曲」の流れもその曲調と翌年以降の米津玄師としてJ-POP界隈で躍進するハチさんの影響によって、親J-POP系のボカロという潮流に組み込まれていくことになったと思われます。

この危機感からかボカロのキャラクター性を活用したボカロPが2015年以降躍進しました。それがココアシガレットPことGYARIさんです。手書きのPVでボカロのキャラクターが演奏をするという形式で、音楽コードの展開を楽しむ「ボーカロイドたちがただ2コードくりかえすだけ」という曲でした。音楽の技術的な要素を盛り込んだ楽曲としては40mPさんの同じ2015年の曲に「だんだん早くなる」「だんだん高くなる」のようなヒット曲もあり、音楽を見つめ直して新たな方向性を探ることの一環として時代にマッチしたものだったのではないかと思います。

GYARIさんのキャラクターと音楽技術的な面白さを重視した動画と楽曲は大変な人気を博しましたが、次第にボイロ文化と結びつくことになりました。ボイロはVOICELOIDの略でボカロと似た音声合成ソフトの1種ですが、ボカロが歌わせることに特化しているのに対し、ボイロは喋らせることに特化しています。ボイロは2014年ごろからゲーム実況を中心によく使われるようになり、ゲーム実況と解説動画といった媒体を元に大きなジャンルに成長しました。歌うのではなく喋るという特性上ボカロよりもキャラクター性を維持しやすい為か2007、2008年にボカロ界隈で盛んだったようなキャラクター文化が花開きました。ちょこちょこボイロのキャラクターソングが投稿されるようになり、GYARIさんの楽曲もこのボイロ系との結びつきが次第に強くなります。

ここまで出てきた「ロングヒット」楽曲は「脳漿炸裂ガール」をはじめとする全盛期のハイテンポなバンドサウンド系を代表する楽曲たちは2015年、「ECHO」「ヒビカセ」のEDM系は2016年、「ウミユリ海底譚」「アスノヨゾラ哨戒班」「夜明けと蛍」等の「夏曲」系は2018年を下限に次第に下火になっていきました。

2015年までに出てきた4つの潮流、全盛期のハイテンポなバンドサウンド系、ダンスミュージック系、親J-POP系、新たなキャラクター系(ボイロ系)は翌年以降それぞれ発展しながらも、相互に影響を受けて展開していくことになります。特に2014、2015年には新規のヒット曲としてはほとんど出なくなったハイテンポなバンドサウンド系が翌2016年以降復活してきます。ボカロのキャラクター性は危機に立たされつつも、音楽としてのボカロはこれらの模索を糧に低迷期から抜け出し、復活を遂げることになりました。

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2016「エイリアンエイリアン」最も鮮やかなブレイクを果たしたボカロP

2016年は2015年の「不作」とは一転、「大豊作」の年となりました。2014、2015年と年内に100万再生を超えた1作ずつだったのに対し、2016年は8月時点で100万再生を超えた楽曲が4つもあり、その驚きからこの4曲を「2016年ボカロ四天王(2016年上半期ボカロ四天王)」という呼称も生まれました。2016年から2017年にかけてボカロ界隈は第2の最盛期ともいえるような盛況を享受しました。

特に、この年の1月早々に投稿されたDECO*27さんの「ゴーストルール」はこの年最大のヒット曲となり、この復活の年の象徴的な曲になりました。この曲は全盛期的なバンドサウンドの要素を含みつつ、2013年の再活動以降DECO*27さんがよく活用するようになった電子音系のサウンドを引き継ぎながらミクスチャーロックの要素を取り入れた楽曲となっています。ミクスチャーロックは海外ではラップロックと言われるようなジャンルで、ダンスミュージックに大きな影響を与えたブラックミュージックの影響を受けたロックジャンルです。「ゴーストルール」は広い意味でのダンスミュージック系と「ボカロっぽい」バンドサウンドの融合ともいえると思います。

同じ年、J-POPの世界ではブラックミュージックを取り入れたJ-POP「イエローミュージック」を提唱する星野源の「恋」が大ヒットしたことも踏まえるとJ-POPと連動した一面もあるのかと思います。ただし「ゴーストルール」がミクスチャーロックを取り入れた楽曲なのに対し、「恋」はR&Bを取り入れた楽曲という違いがあったりします。

「ゴーストルール」のタイトルや歌詞関しては、「亡霊の法則」つまりボカロ界隈に漂い支配する亡霊、wowakaさん以降のハイテンポなバンドサウンド・・・なんてDECO*27さんも果たしてそんなこと考えているんだろうかというような勝手な解釈を個人的には浮かべていたりするのですが、この年の様子を表すのに選ばせていただいたのはこの曲ではなく、ナユタン星人さんの「エイリアンエイリアン」になります。

「エイリアンエイリアン」に関しては、この曲単体というよりも作者のナユタン星人さんが中々特異なボカロPであり、この時代の象徴といえるような活躍をしたと思っています。ナユタン星人さんは、これまでボカロ界隈で培われてきたヒットの知恵をフル活用したような鮮やかなブレイクを成しとけたボカロPでした。2015年下半期に活動をはじめ、2019年4月「エイリアンエイリアン」をスマッシュヒットさせました。

まずナユタン星人という名前ですが、その名の通りナユタン星からやってきた宇宙人ボカロPという世界観を展開し、宇宙に関連するワードをタイトルと歌詞に散りばめた統一性のある楽曲群を作り出します。曲調の面では「ゴーストルール」がハイテンポなバンドサウンドとダンスミュージック系の融合だったのに対し、「エイリアンエイリアン」をはじめとするナユタン星人作品ではハイテンポなバンドサウンドとJ-POP系の融合だといえるのではないかと思います。特に1980年代の歌謡曲の影響を公言しており、どこかピンクレディーの「UFO」に近いものを感じさせます。余談ですが、2019年にピンクレディーに「メテオ」という曲をナユタン星人さんが書き下ろしたりしています。

動画に関しては、触角の生えた異星人のようなオリジナルキャラクターが登場しますが、モノクロでさほど凝ったデザインではなく動きも左右反転を繰り返すような単純なものです。統一性のある個性を演出しながらどこか無個性であり、プロジェクト系のようでもありながらwowakaさんの図形的な一枚絵の動画を彷彿とさせるようなものでした。これまでもwowakaさんの動画形式を真似たようなものはいくつかあったのですが、その多くがモノクロの一枚絵でした。ナユタン星人さんの新しかったことは、アルバムごとにイメージカラーを決め、その一色を背景にして単純なキャラクターを動かすという形式でした。

白黒ではない一色を背景としてキャラクターをアニメーションのように滑らかにではなくコマ送りのように動かす形式は、「ゴーストルール」「エイリアンエイリアン」と同様に四天王とされた「チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!」にも共通点として見られます。「チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!」はキャラクターがモノクロという点も同じですが、キャラクターは歌っているボカロである「結月ゆかり」が描かれています。「結月ゆかり」はボカロだけでなく、ボイロとしても商品展開していて、特にボイロ文化隆盛のきっかけとなったキャラクターということもあり、この頃のボイロ人気と連動したヒット曲でした。これ以降にもこの動画形式は、カルロス袴田さん、キノシタさん、かいりきベアさん等が似た形式の動画で楽曲を発表していきます。

四天王と呼ばれた最後の楽曲はNeruさんの「脱法ロック」でした。ボイロ文化の流行も相まってこの頃キャラクター文化、キャラソンが新しい形で復活してきていましたが、同じく黎明期に多く見られたネタ曲もこの頃カルロス袴田さんの作品のように、いくつかのヒット曲が現れ、「脱法ロック」もそういったネタ曲としてのヒットひとつだったのではないかと思います。ただNeruさんの作品ということもあって、皮肉めいたユーモアの歌詞となっています。

この年のナユタン星人さんや「2016年ボカロ四天王」等のボカロ界隈の動きを簡潔に言ってしまうならば、これまでのボカロ界隈で培われた要素を洗い直したということではないかと思います。この年実に7年半ぶりにryoさんがニコニコ動画にボカロ曲を投稿したこともそういった流れの1つだったのかもしれません。こういった流れを汲みながらさらに新しい要素が加わっていったのが、翌年2017年になります。その予兆は、2016年秋にボカロ界でハチとして活躍した米津玄師さんの「LOSER」がヒットし、ぬゆりさんが「フラジール」、そして次の項で紹介するバルーンさんの「シャルル」が投稿されたことから読み取ることができます。

エイリアンエイリアン / 初音ミク - ニコニコ動画
エイリアンエイリアン / 初音ミク 六度目まして。ナユタン星人です。よろしくおねがいします。この曲も収録された2ndアルバムを1月27日に...
2017「シャルル」ボカロから人へ シンガーソングライター化するボカロP

再生数からすればこの年紹介しなければいけない楽曲はハチさんの「砂の惑星」だと思います。しかし、この曲はハチさんのメジャーシーンでの米津玄師としての躍進抜きには語れず、「砂の惑星」は純粋にボカロ界隈を語る楽曲としては不十分だと思いました。この年は初音ミク10周年のメモリアルイヤーということもあり、それと関係する大ヒット曲も多かったのですが、10周年を語るならともかくこの年前後のことも踏まえて語るとなると「砂の惑星」を抑えてまでしてこの年から選出するのは非常に難しく悩みました。

結果的に選んだのは前年に投稿されたバルーンさんの「シャルル」になりました。この年に大きな話題になり、ボカロ界隈の変化を象徴し、「砂の惑星」に匹敵するぐらいの楽曲は前年の曲ながら「シャルル」しかないと思ったからです。作者のバルーンさんが米津さんに大きな影響を受けた人であり、そういった面でもこの時代を語りやすい曲ではないかと思います。

「シャルル」の大きな特徴は、ボカロ版の後に投稿されたボカロP本人歌唱のセルフカバー版が大きな反響を得たことです。実はこれまでもボカロ曲の歌ってみた動画がきっかけとなり、人気が増したボカロ曲はかなり存在し、ボカロが歌う本家動画の再生数を歌ってみた動画が越してしまうということも多々ありました。(こういったこともボカロリスナーの一部が歌ってみた界隈を毛嫌いする要因の1つだったと思います。)

しかし、ボカロPによるセルフカバーが話題となったのも「シャルル」がはじめてというわけではなかったのですが、セルフカバー版の投稿後にボカロ版も大きく伸びはじめ、さらにセルフカバー版がボカロ版の再生数を抜くといったことは画期的でした。翌年には米津玄師の「Lemon」が席巻し、カラオケランキング(JOYSOUND)で20代~50代に渡り「Lemon」が1位となる中、10代では「Lemon」を抑え「シャルル」が1位になり、「千本桜」に次いでボカロ界隈の外で大きな足跡を残した楽曲となりました。

ボカロPが本人歌唱にしろ他者への楽曲提供にしろ、ボカロ以外が歌う曲を作っても受けないという観念は、この頃にはHoneyWorksの成功、米津玄師の成功によって掻き消されつつありました。その観念にとどめを刺し、ボカロPがボカロ以外での活動を活発させる大きな契機となったのが「シャルル」ではないかと思います。2017年4月にn-bunaさんが結成したバンド「ヨルシカ」の活動が始まったこともその流れを助長したと思われます。ボカロPのシンガーソングライター化が始まった年と言ってもいいかもしれません。ヨルシカはn-bunaさんがボーカルではなかったりするので、これらのボカロPによるボカロ以外での活動の流れを一様に「シンガーソングライター化」というのは若干語弊がありますが…

この年はハチこと米津玄師さんが、ヒット曲を連発しJ-POP界隈で大きな躍進を遂げた年でもあります。ボカロ界隈が生んだ米津玄師の飛躍とその影響を受けたバルーンさんの活躍は、「砂の惑星」の投稿も相まってボカロ界隈に米津玄師の影を大きく印象付けました。余談ですが、初音ミク10周年に関連する企画によってDECO*27さんの「ヒバナ」wowakaさんの「アンノウン・マザーグース」の投稿もあり、三大Pが久々に並び立ったことも話題になりました。

とはいえ曲調の面での米津玄師の影響はかなり限定的だと言えると思います。ボカロP時代から米津玄師初期は独特な曲調で、その後は幅広い表現をしている米津さんですので、正直曲調面での模倣は難しいというところなのではないかと思います。強いて言えば、これ以降「世界観」を重視した作品が若干増えた程度ではないかと思います。曲調面よりもボカロPによる本人歌唱という活動面への影響が大きかったと思います。

曲調というと、この年からボカロ界隈で流行となったのが「エレクトロスウィング」というジャンルです。簡単に言うと電子音を取り入れたジャズといったものになります。ジャズも「ゴーストルール」に取り入れられたミクスチャーロックと同じブラックミュージックと縁の深いもので、これもこの時期におけるダンスミュージックとの融合の一事例かと思います。この「エレクトロスウィング」の先駆者となったのがぬゆりさんでした。この年ぬゆりさんは「フィクサー」「命ばっかり」といったヒットを連発しました。

もう一つ、2011年から2013年にかけてボカロ全盛期に活躍したトーマさんの影響を受けたような楽曲がこの頃から増えてきます。その代表格がユリイ・カノンさんでこの年からヒット曲を出し始め、翌年2018年2月「だれかの心臓になれたなら」を発表します。トーマさんは2013年以降、前述の「六兆年と一夜物語」「脳漿炸裂ガール」「ロストワンの号哭」ほどではありませんでしたが、全盛期の曲ながら「ロングヒット」を果たし、多くの100万再生楽曲を生み出したボカロPであり、ものすごく目立ったヒットはないものの密かな影響を及ぼしていました。その影響がこの頃、新たに取り入れられる要素の1つとして流行し始めたのではないかと思います。トーマさんの楽曲は独特な世界観を持っており、ハチさんとの共通性が語られることもあります。もしかしたらこの時期トーマさんの影響が広まったのは米津さんの活躍との関連もあったのかもしれません。

シャルル/flower - ニコニコ動画
シャルル/flower 新曲→レディーレ(sm31394907)▽ アルバム『 Corridor 』の収録曲です。sm31592857Music/バルーン(mylist/...
2018「ロキ」ボカロと人のデュエット曲と歌い手Pの活躍が示したもの

この年、邦楽で近年稀にみる特大ヒット曲となったのが米津玄師の「Lemon」でした。ボカロPとしての経歴を足掛かりに、YouTubeの動画を基盤にJ-POPを席巻した米津玄師の活躍はボカロ界隈にも大きな影響を与えました。この年、米津さんの大成と連動するように台頭したのが「ヨルシカ」「ずっと真夜中でいいのに。」「美波」「Eve」等のYouTubeの動画を活動主体とするアーティストたちでした。これらのアーティストはネット初の音楽ということで、しばしば「ネット音楽」と括られます。まだまだ新しい概念でもあり、この呼称で固まっているわけでもYouTubeで活動するアーティストだけを表すだけでもないのですが、以下便宜的にこれらのアーティスト、楽曲を「ネット音楽」と言うことにします。

このうち「ヨルシカ」の作詞作曲を担うn-bunaさんとEveさんはボカロP出身であり、「ずっと真夜中でいいのに。」も作詞作曲はボーカルのACA音さんですが編曲(一部作曲)にボカロPを起用していて、他にも歌い手出身でボカロPのギガさんと組み創作活動をしていたReol(れをる)さん、「シャルル」以降本人歌唱での活動を活発にしている須田景凪(バルーンさんの別名義)さんと、ネット音楽は先駆者が米津玄師ということもあり、ボカロ界隈と非常に近い界隈となっています。とはいえ「美波」さんのようにボカロ界隈とは直接関わっていないアーティストも少なからず存在します。

「ネット音楽」の成立もあって、2016年以降飛躍になったボカロPの多くがこの頃にボカロ以外への活動に幅を広げ、前年の初音ミク10周年の熱も過ぎ去ったことで、ボカロ界隈は少し勢いが落ちてきました。そんな2018年に目立った活躍を見せたのが、歌い手として活動をはじめ、ボカロ曲を作るようにもなった「歌い手P」でした。前述のEveさんに歌い手界隈で長らくトップランカーに君臨しているまふまふさん、そして前年からこの年にかけていくつかのヒットを生み出した夏代孝明さんらがその代表格でした。

特に目立った活躍をしたEveさん、まふまふさんの二人はボカロP時代のハチさんやトーマさんに近い曲調を展開し、「ボカロっぽい」曲で大きなヒットとなりました。ネット音楽が成立するの中でのこの動きは、「ボカロPが歌い、歌い手がボカロ曲を作る時代」といったような揶揄の声も出てきました。歌ってみた界隈はボカロリスナーからしばしば厭われてきた歴史があるものの、歌い手側としてはボカロ曲の存在は歌い手界隈の基盤を成すものであり、ボカロ界隈にリスペクトを抱く部分も多かったのではないかと思います。この年の歌い手Pの活躍は、情勢が変わりつつある中での歌い手によるボカロ界隈への還元運動だと見て取ることもできるかもしれません。

米津玄師の大成、ネット音楽の成立、歌い手Pの活躍と2018年のボカロ界隈は、「人間」「人の声」を意識させるムーブメントが相つぎました。そんな時代を象徴するのがこの年最大のヒット曲、みきとPさんの「ロキ」でした。ボカロである鏡音リンと作者みきとPさんとのデュエットソングの体を取った「ロキ」の大ヒットは、ボカロ界隈が「人の声」に寛容になってきたこと示す、時代の象徴であると言えるでしょう。コーラスや効果音のように人の声をボカロ曲に取り入れることはかなり前から行われていたことでしたが、ボカロの音声と並ぶ形で大ヒットに至ったのはこの年が初めてでした。同じ年、ピコンさんというボカロPも「ロキ」と同じようなデュエット形式でいくつかのヒット曲を出しており、歌い手Pの活躍と並びこの年の大きなトピックとなりました。

もうひとつこの年に大きなムーブメントを起こしたのが2015年以降ヒット曲を連発しているGYARIさんの「何でも言うことを聞いてくれるアカネちゃん」という動画でした(曲名は「Seyana.」)。結月ゆかりから広がったボイロ文化は拡大を続け、この頃飛躍していたのがこの曲を歌う「琴葉茜」と同じ音源ライブラリに収録されている「琴葉葵」でした。「Seyana.」は本来歌わせる音源ではないボイロによる楽曲という驚きも合わさり、GYARIさん最大のヒット曲となりました。これまで10分~30分という長い再生時間の動画作品を作ってきたGYARIさんは、「Seyana.」以降、6分以下の「普通の曲」でヒットするようになります。ただし曲の内容に関しては、ボカロ・ボイロのキャラクター性を押し出したネタ曲に近いようなものです。

「Seyana.」の大ヒットは復活してきたキャラクター系楽曲復活の1つの到達点とみなすことができますが、これまで初音ミクを中心とするボカロキャラクター中心に動画を作ってきたGYARIさんのボイロキャラクター主体の楽曲への転換は、ボイロのキャラクター文化の発展を象徴するとともに、ボカロにおけるキャラクター文化の希薄化を象徴しているように思えます。2015年以降のGYARIさんの活動自体が、薄まっていくボカロのキャラクター文化に対する一種の抵抗のようなものでもあったのかもしれません。

ネット音楽の成立は、ボカロ界にもYouTubeの存在を強く意識させるようになります。ボカロ曲のYouTubeへの展開は最初期からあったのですが、それは多くの場合ニコニコ動画に上がっている動画を作者ではない人物がYouTubeにコピーして投稿した「転載」された動画としてでした。ボカロ文化の中核はニコニコ動画という観念は根強く、ボカロP本人によるYouTubeへの動画投稿はなかなか広がっていませんでした。その情勢が変化し、有名なボカロPから新人のボカロP至るまで多くのボカロPがYouTubeにも投稿するようになったのが2018年前後でした。ニコニコ動画よりもYouTubeで先に話題になり、ニコニコ動画に人気が逆輸入されるような楽曲、ボカロPも出てきました。

YouTubeほどではないのですが、bilibiliへの投稿も増えてきています。bilibiliは中国の動画共有サイトで、ニコニコ動画に大きな影響を受けています。海外にもボカロ人気は広がっており、主に欧米での人気がよく話題になるのですが、中国も例外ではありません。それどころか、bilibili、及び中国では独自のボカロ文化が成立しています。欧米や台湾、韓国などのボカロ文化が日本のボカロ文化の外縁的なものにとどまっていることからすると、中国では独自のボカロ文化が生まれているというのは、なかなか面白い事象です。

もちろんbilibiliでは初音ミクをはじめとする日本のボカロも人気で、かつてはYouTubeと同じくニコニコ動画からの転載がほとんどだったのですが、近年は日本のボカロP本人がbilibiliに投稿するという事例も出てきました。とはいえYouTubeはあくまで日本国内での活動がメインであることに対し、明確な海外展開となるbilibiliへの進出は、2020年現在でもあまり活発とは言えない状況です。bilibiliにおける中国のボカロ文化も、いずれ別の記事で紹介したいですね。

YouTubeや限定的であるとはいえbilibiliへのボカロP本人による動画投稿が増加したことは、ニコニコ動画の中で育まれたボカロ文化が多角的な発表媒体に移り、その枠を超えて広がりだしたということです。ニコニコ動画全体が勢いが無くなってきたと言われるようになったことも一因かと思われますが、米津玄師やバーチャルYouTuberといったYouTubeから広がった話題がこの事態を引き起こしたのではないかと思います。

とはいえ、すぐさまボカロ文化の重心がニコニコ動画からYouTubeに移ることにはなりませんでした。過去のヒット曲が積み重ねた再生数等の記録は、新曲の人気を図るためのパロメータでもあり、またニコニコ動画のランキング機能や検索機能に順応していたボカロリスナーからしても機能面で大きな違いのあるYouTubeへの移住は少し壁があったのではないかと思います。それだけボカロ文化はニコニコ動画と密接に結びついていたということです。しかし、翌年ある騒動が起こりボカロ文化のYouTubeへの移行は急加速することになりました。

ロキ/鏡音リン・みきとP - ニコニコ動画
ロキ/鏡音リン・みきとP ―死ぬんじゃねえぞお互いにな。music&words みきとP(@mikito_p_)illust ろこる (@tuno901)From愛...
2019「乙女解剖」YouTubeへの移行とボカロ界の最重鎮 大工作の狭間で

ネット音楽の隆盛 前年に大きな足跡を残した歌い手P、まふまふさんとEveさんもネット音楽の隆盛に乗っかる形で本人歌唱による活動に重きを置くようになり、ボカロPとしての活動から離れていきました。この年にニコニコ動画のボカロを揺るがせた事件が、大規模な再生数「工作」でした。不正な操作によってアクセス数を稼ぎ、再生数等の数字を不自然に増加させることは、数字の大小を問わずニコニコ動画初期からたびたび起こっており、ボカロ界隈でもしばしば被害を受けてきました。しかし、2019年上半期に行われた「工作」は、被害にあった動画の数も「工作」による再生数の増加量も前代未聞の「大工作」でした。

この「大工作」の予兆は2018年末から見られ、その余波は2020年現在も続いているようです。2019年6月のニコニコ動画公式ランキングの形式変更によってこの「大工作」(特にランキングへの影響)は抑制されますが、2019年上半期のほとんどの期間に渡って行われた「大工作」は、ニコニコ動画におけるボカロ界隈の秩序を大きく損なってしまうものでした。「大工作」では2014年以降の楽曲、特に2018年の楽曲が大きな被害を受けた為に近年のボカロ楽曲の人気を再生数から見て取ることを困難にしてしまいました。ランキングがこの「大工作」で荒廃したことは、2019年の新曲の普及も阻害しました。こういったニコニコ動画の混乱した状況は、ボカロ界隈のYouTubeへの移行の流れを加速させ、この年にボカロ界隈がニコニコ動画からYouTubeへの本格移行したと言えます。

歌い手Pの本人歌唱活動への転換に大工作の影響も合わさってか、2019年は安定したヒット曲を生み出すヒットメーカーは少なくなりました。しかし、隣接する「ネット音楽」界隈の動きがさらなる拡大を続けており、その影響もあってボカロ界隈に新たな勢力が生まれてきていました。2019年は大きなヒット曲を連発するヒットメーカーは少なかったものの、ヒットメーカーの可能性を秘めた有望な中堅ボカロPの活動が活発化していた時代でした。その中には2019年中に少ないながらもヒット曲を出す人もいました。

2019年における数少ないヒットメーカーがボカロ界隈の最重鎮DECO*27さんと、2015年から次第に人気を高めていたかいりきベアさんの二人でした。DECO*27さんがこの年の1月に発表した「乙女解剖」はこの年最大のヒット曲となりました。ニコニコ動画だけではなく、YouTubeでも大きな反響がありました。DECO*27さんは2015年からYouTubeにもチャンネル投稿をはじめ(ただし所属するレーベルのチャンネルで以前から公式動画が投稿されていました)、それ以降の大ヒット曲である「ゴーストルール」「妄想感傷代償連盟」「ヒバナ」「乙女解剖」はYouTubeでも多くの再生数を獲得しています。ボカロメインで活動するアーティストのチャンネルとしては2020年現在、DECO*27さんのチャンネルが最大規模のものです(米津玄師/ハチやヨルシカ/n-bunaのチャンネルはこれ以上の規模となっていますが、ボカロ以上にそれ以外での活動がメインになっています)。

「乙女解剖」をはじめ、この年はどこか暗い世界観を持つ楽曲が多くヒットしました。曲調の面では、2016年以降復活しだした、全盛期的な「ボカロっぽい」曲の流れは再び少なくなり、「エレクトロスウィング」の流行が最高潮に達したのがこの年でした。ダンスミュージック系の影響はさらに強まってきていて、多くの人が「ボカロっぽい」と感じる曲調も塗り替わってきているような気がします。YouTubeへの移行という発表媒体の変化だけではなく、曲調の面でも今まで少しずつ変わってきていたものが確固とした変化として表れてきたのがこの年ではないかと思います。

また、この頃ショートビデオアプリ、TikTokの影響がボカロ界隈でも見られるようになりました。その中でも代表的な事例がかいりきベアさんの「ベノム」です。2018年に発表された「ベノム」を皮切りに2019年には「アンヘル」「ルマ」といった大きなヒット曲を連発したかいりきベアさんは2019年のボカロ界隈における顔となりました。「ベノム」は投稿直後からそれなりに話題だったもののTikTokでしばしば利用されるようになったことでその人気を増していきました。「ベノム」に限らずTikTokで利用されることで人気に火が付く事例は増えており、YouTubeへの移行と並んでボカロ界隈の多角化の示す事例となっています。

YouTube、TikTok、サブスクが重要になってきたのはボカロ界隈だけでなく、昨今のJ-POPにおいても同じです。脱ニコニコ動画化が進んだことは、ボカロが一般の音楽と同じ条件で競争する環境になってきたということでもあります。それは激しい荒波に揉まれることを意味しますが、逆にいえばこれまでニコニコ動画特有のものとされていたボカロ楽曲がJ-POPと同格に扱われる芽が出てきたということでもあります。長くボカロPとして活躍し、すでにYouTubeにも大きな足跡を築いているDECO*27さんは今後のボカロの発展の礎を作ったのだとも見ることができるのではないかと思います。

一方で、ボカロ文化がJ-POPの一角となって融合していくことは、ボカロ界隈が瓦解する危険性も秘めています。ボカロ界隈という共同体が崩れることで、ボカロのアイデンティティは霧散し、本当の衰退の時が来るかもしれません。それを防ぐためにもボカロPが「ボカロP」として評価される環境は保存されねばならないと思います。

ボカロ文化は大きな飛躍のチャンスを掴みかけているのと同時に、取り返しのつかない没落の可能性も高まり、過去最大の岐路に立っているのかもしれません。

DECO*27 - 乙女解剖 feat. 初音ミク - ニコニコ動画
DECO*27 - 乙女解剖 feat. 初音ミク DECO*27です。Music: DECO*27mylist/9850666 ...
2020 ネット音楽隆盛の今 ボカロに求められているものはなにか

近年「ネット音楽」をはじめとしてボカロPがボカロではない形での活動で成功を修めだし、ボカロPがボカロから離れていくという危機意識はボカロリスナーの間において強まっているのではないかと思います。ボイロ文化やバーチャルYouTuberと関連する形で、ボカロキャラクターの掘り返しもしばしば見られるようになりましたが、全体的にはボカロのキャラクター文化は薄れていく状況は続いています。

とはいえ10年以上の歴史を持つボカロ文化は、薄まりながらも広く知られるようになっており、pixiv等のイラストサイトではまだまだ多くのイラストが投稿されています。キャラクター性を足掛かりに広まり始めたボカロ文化は、次第にそのキャラクター性を薄めることでさらなる飛躍を遂げた訳ですが、その文化の根幹にはボカロキャラクターの文化が根強く残り続けており、それが長くボカロ文化が1つの界隈として維持されている大きな要因なのではないかと思います。

その一方で、ボカロ文化瓦解の危機要素も漂っています。前述した閉鎖的なニコニコ動画から開放的なYouTubeへの移行によってボカロ文化の霧散化が進む可能性があることに加え、「ボカロっぽい」曲というものが不明確になり曲調面でのボカロらしさも薄れていっています。しかしながら、近接する「ネット音楽」が隆盛する中で、「ネット音楽」との「差別化」という新機軸が形成されつつあるように感じられます。

「ネット音楽」がメディア露出の拡大とともに、よりJ-POP的な作風に変わっていく中、ボカロ界隈ではアングラな要素を持った「闇」を感じさせる曲のヒットが目立つようになってきたとおもいます。「乙女解剖」をはじめとして近年のDECO*27さんは「ヤンデレ」的な要素を持った世界観を量産しており、どこか暗い世界観を持つかいりきベアさんやMARETUさんの人気が高いことからも見て取れます。2020年現在、新たなヒットメーカーとして台頭しつつあるsyudouさんと柊キライさんも「闇」を感じさせるような世界観を展開しています。

曲調に関して、他に触れておくとボカロ界隈の潮流は、メロディアスからリズミカルに変化してきたということがあると思います。初期から全盛期にかけてボカロ界隈は物語性や世界観を重視する風潮からメロディ重視の楽曲が主流を占めていました。しかし、2014年以降、少しずつではあるもののダンスミュージック的な要素が取り入れられ始め、ノリの良いリズミカルが楽曲の大ヒットが増えてきています。現在、大きく再生数を伸ばしており、このままいけば2020年最大のヒット曲になりそうな勢いの柊キライさんの「ボッカデラベリタ」も非常にリズミカルな楽曲となっています。

この変化も含め、曲調面でのボカロ曲というのは非常に多様な面を持っています。その歴史の中で様々な挑戦と変化を経験し、そしてこれからも多様な変化を遂げていくのだろうと思います。ボカロ文化というのは、ジャンルとしては多様な楽曲群が1つの音楽文化としてまとまりを持っていることが重要な意義の1つだと思います。ボカロとは多様な、言ってしまえば「なんでもあり」の文化の重心であり、キャラクター性は薄れていきながらも1つ文化の留め金という機能として強い存在感を保ち続けています。

このボカロ文化の「なんでもあり」の側面は、ボカロが「生」に縛られていないということが、要因として大きいと思います。人間が音楽を作る以上、作者の経験や人生観から作品は逃れられない訳ですが、そこにボカロというフィルターを通すことで、生身の人間とは少し距離を置いた新しい表現がうまれるのではないかと思います。バーチャルYoutuberのような仮想現実文化においても、バーチャルのキャラクターは実在の人間とは少し異なる新しいものを生み出しています。仮想現実文化の1つであるボカロは、生身の人間であるボカロPのアバターとなることで、新たな価値を生み出し続けているということです。それはボカロが持つ大きな意義ではないかと思います。

ボカロ界隈が続いていくためには、継続的なヒット曲、新たなるヒットメーカーが生まれ続けることが欠かせません。特にボカロ界隈で大きな成功を修めた人がボカロ以外での活動に進んでいくことが当たり前になってきている中で、世代交代による新陳代謝の重要性は強まってきています。新たにボカロ界隈にリスナーが参入し、その中からボカロPとして活動する人が現れ続けるには、ボカロ界隈の一体性が保たれ続けることが重要です。ボカロ文化の根幹たるキャラクター文化は根強くあるとはいえ、キャラクター性は薄まり続けています。

ニコニコ動画から離れだし、多角的なより大きな枠組みの中にシフトしたボカロ界隈が1つの文化としてまとまりをもち続けるには、より一層ボカロの「なんでもあり」の文化の留め金としての存在感が重要であると思います。そういった意味でもDECO*27さんのような長くボカロPの活動を継続しヒット曲を出し続ける人や、今YOASOBIのコンポーザーとして活躍しながらもボカロでの活動も並立し積極的に行っているAyaseさんのような人の存在がとても重要なのではないでしょうか。

ボカロ界隈が大きくなり、変化を続け、他の分野にも影響を及ぼすようになったが故に、かつてあった「ボカロっぽさ」が薄れ、ボカロの存在意義はまた新たな課題を抱えることになっています。しかしながら、初音ミクの誕生から現在に至るまでその存在意義を問われ続け、「なんでもあり」の文化によって様々な課題への対処を続けてきたが故に、ボカロ文化は今日まで発展し続けてこれたのだと思います。「ボカロが歌う必要があるのか?」という疑問自体が、人間に対して「生きる意味とは何か」を問うようなボカロ界隈を先に進めていくための原動力なのかもしれません。

ボカロとボカロPの間の切磋琢磨はこれからも続き、それによって新たな音楽表現がさらに花開いていくことになるのだろうと私は確信しています。